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神戸地方裁判所 昭和48年(わ)245号 判決

本籍

神戸市東灘区御影本町六丁目五七四番地

住居

兵庫県西宮市田代町一四番三号

金融業

増谷晧

昭和四年九月一一日生

被告事件名

所得税法違反

主文

被告人を懲役六月及び罰金四〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罰となるべき事実)

被告人は、肩書住居地において金融業を営むものであるが、所得税を免れようと企て、

第一  昭和四四年分の実際の所得金額は一九六九万一〇六四円、これに対する所得税額は八八九万五三〇〇円であるのにかかわらず、収入金を仮空名義預金とするなどして所得を秘匿したうえ、ことさらに同年分の所得税確定申告書を提出せず、もって、不正の行為により所得税八八九万五三〇〇円を免れ、

第二  同四五年分の実際の所得金額は二〇三四万七三五一円、これに対する所得税額は八九三万六〇〇円であるのにかかわらず、収入金を仮空名義預金とするなどして所得を秘匿したうえ、ことさらに同年分の所得税確定申告書を提出せず、もって不正の行為により所得税八九三万六〇〇円を免れ、

たものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する昭和四八年三月七日付、同月一一日付(検甲一六号)、同月一二日付、同月一四日付及び同月一五日付各供述調書

一  大蔵事務官の被告人に対する昭和四六年一二月二五日付及び昭和四七年一月六日付、同月三一日付各質問てん末書

一  被告人作成の確認書(検甲二号)

一  証人荒木静、同藤井邦彦、同増谷くらの当公判廷における各供述書

一  第二七回公判調書証人丸山実の供述部分

一  証人荒木静、同藤井邦彦、同増谷悦子に対する当裁判所の各尋問調書

一  荒木静の検察官に対する供述調書二通

一  小城芳武の検察官に対する供述調書

一  光辻敦馬作成の上申書

一  有限会社小山カメラ店業務部長大田喜蔵作成の確認書

一  大阪国税局の照会文書に対する岩田順之助(モトマチオーディオセンター)の回答

一  押収してある晧メモファイル一綴(昭和五二年押第二〇六号の一)確認書一綴(同号の五)

判示第一の事実につき

一  被告人の検察官に対する昭和四八年三月一一日付(検甲一七号)供述調書

一  大蔵事務官の被告人に対する昭和四七年一月二〇日付(検甲一〇号)、同月三一日付各質問てん末書

一  被告人作成の確認書(検甲四号)

一  証人淡路勇、同木村政雄、同松本仙太郎に対する当裁判所の尋問調書

判示第二の事実につき

一  大蔵事務官の被告人に対する昭和四六年一二月二〇日付質問てん末書

一  証人光辻敦馬の当公判廷における供述

一  第二五回公判調書中証人土田撻三郎の供述部分

一  土田撻三郎の検察官に対する供述調書

一  大蔵事務官の伊原浩に対する質問てん末書

一  大阪国税局の照会文書に対する株式会社マツダオート阪神の回答

一  富士銀行西宮支店河崎博美及び和田征也各作成の確認書

一  在田農業協同組合参事丸山実作成の確認書

一  押収してある貸出関係綴一綴(昭和五二年押第二〇六号の一一)

(弁護人らの主張に対する判断)

一  被告人及び弁護人は、

1  検察官主張の昭和四四年及び同四五年における被告人の所得中、被告人が株式会社山陽カンツリー倶楽部(以下山陽カンツリーという)から受領し、取得したとされる金員は、被告人の父及び母の依頼により、その各個人の資金並びに父の経営する学校法人凪川学園の資金を、右山陽カンツリーのため在田農業協同組合に協力預金したことによって右山陽カンツリーから被告人の父母らに支払われた謝礼金(裏利息)で、それぞれその預金額の割合に応じて出資者である父、母或いは右学園が取得したものであり、被告人は単に両者の間に立ってその仲介をしたに過ぎず、従って検察官が主張するように被告人がその五割をも取得した事実はないのみならず、現金で受領したとされる右金員中には手形で受領してその支払期日に決済されていないもの、或いは代物弁済として不動産を取得したもの及び仲介者が取得し被告人らの手に渡っていないものもあるなど、その数額自体不正確である。

2  被告人は、昭和三八年八月ころ、さきに取得した神戸市兵庫区烏原町所在の山林約六五三一坪の保安林指定の解除を得た上で、これを宅地造成して売却しようと計画し、右指定の解除、設計、資金準備等のため奔走したが、結局は右土地造成等資金の引受を約していた共同出資者が右義務の履行をしなかったため、右解除申請の認可が得られず、前記計画は中途で挫折せざるを得なくなったが、右山林買受けのための借入金利息、山林の管理、測量費用及び共同出資者に対する訴訟のための弁護士費用等のうち、昭和四四年及び同四五年に支払われた金員は、各年の事業経費として認められるべきである。

3  昭和四五年末において、被告人は菊屋興産株式会社(以下菊屋興産という)に対し、一七一〇万円の貸付金残高を有していたのであるが、右会社は同年一二月に倒産したため、右貸付金はすべて貸倒れとなったにも拘らず、検察官は右の内一六〇万円を貸倒れとして認めるのみで、その余は被告人の父の貸付金であると主張するが、右は不当である。

また、菊屋興産に対する貸付金利息はすべて父の所得に帰したものであるから被告人の所得から除外すべきである。

4  検察官は被告人が昭和四五年中に西川信次郎から貸付金利息として四〇万円受領したと主張するが、その事実はなく、同四五年の事業所得(貸付金利息)から右金額を削除すべきである。

5  被告人は昭和四五年中に顧問弁護士に対して、検察官も認めている一二万円の外、同年一〇月六日菊屋興産に対する執行手続相談費として一〇〇万円、同年一二月二六日菊屋興産に対する破産申立着手金として一〇〇万円、同日手形請求事件印紙郵券代として二二万円をそれぞれ支払っており、右は必要経費として認められるべきである。

旨主張している。

二  そこで判断するに、

1  被告人の検察官に対する昭和四八年三月七日付供述調書、被告人作成の陳述書(三)、証人荒木静、同藤井邦彦、同増谷くらの当公判廷における各供述、証人荒木静、同藤井邦彦に対する当裁判所の尋問調書、荒木静の検察官に対する供述調書二通、小城芳武の検察官に対する供述調書、押収してある晧メモファイル一綴(昭和五二年押第二〇六号の一)、確認書一綴(同号の五)によれば、検察官冒頭陳述書添付の昭和四四年分及び同四五年分脱税額計算書別表No.2各記載の年月日に、同各記載の名義で山陽カンツリーのため在田農業協同組合に預金がなされ、これに対する謝礼として山陽カンツリーから右預金に対して日歩一〇銭の割合による金員が同表記載のとおり(但し同表中昭和四五年一月一三日、同月二二日、同月二五日にそれぞれ設定された記番号四四一及び四四六乃至四五一の各定期領金に対する謝礼金合計六三九万円を除く)が現金または先日付小切手で支払われ、小切手については一時決済できなかったものもあったが、それについてもその後遅延利息を支払って各年中に決済がなされたこと及び右金員中最初の二回分はいわゆる金融ブローカの手を経てであるが、その余はすべて山陽カンツリー常務取締役荒木静から直接被告人に手渡され、被告人はその都度(但し右最初の二回分及び前記のとおり除外した謝礼金六三九万円分を除く)右金員の内五割を自ら取得し、その残りを各資金提供者である被告人の父母或いは凪川学園に手渡したことが認められ、これに反する被告人の当公判廷における供述は前記各証拠と対比して検討すると、これを措信することができない。

もっとも前記昭和四五年一月一三日、同月二二日、同月二五日にそれぞれ設定された記番号四四一、四四六乃至四五一の各定期預金(預金額合計七一〇〇万円)についての謝礼金合計六三九万円は、当時山陽カンツリーにおいてその支払いが困難であったため、その支払に代えて、山陽カンツリーの代表取締役が別に経営する誠宏開発株式会社所有の兵庫県三田市小野字長尾一四七九番所在の山林二二〇〇〇平方メートルの買受け代金の一部に充当され、右山林は被告人の父及び母名義となったものであって、右謝礼金については被告人は何ら取得していないことが認められる。従って右謝礼金中三一九万五〇〇〇円を被告人が取得したとする検察官主張は認めることができず、検察官冒頭陳述書別表昭和四五年の被告人の事業所得(謝礼金収入)額から右金額は除くべきである。

またこれに関連して、検察官の主張によれば右山林買受代金には、右謝礼金の外、昭和四四年一一月二〇日被告人が自己の資金を直接山陽カンツリーに貸付けたとされる三〇〇万円もその一部に充当されているのであるが、買受けられた右山林は被告人の父及び母の所有名義となっていることからすると、右三〇〇万円が被告人の資金による貸付とするよりは、被告人の述べるとおり(被告人作成の陳述書(三))右は被告人の父の資金による貸付と見るのがむしろ相当であり、従って右貸付金の利息一八万円(昭和四四年分一三万二〇〇〇円、昭和四五年分四万八〇〇〇円)を被告人が取得したとすることは疑問である。そこで検察官冒頭陳述書別表昭和四四年の事業所得(貸付金利息)中一三万二〇〇〇円及び同四五年の事業所得(貸付金利息)中四万八〇〇〇円はいずれもこれを除くこととする。

結局被告人らに右1の主張は右の限度で理由があるが、その余はいずれもこれを採用することができない。

2  被告人の当公判廷(第四七回、第四八回公判期日)における供述、被告人作成の陳述書(一)、被告人の検察官に対する昭和四八年三月一〇日付供述書等によれば、被告人は昭和三八年三月一二日神戸市兵庫区烏原所在の山林(保安林)六五三一坪(以下本件山林という)を買い受けたが、同年八月ころ、当時三菱鉱業株式会社取締役をしていた中尾研作のすすめにより、同人が設立予定の菱和不動産株式会社から資金の提供を受けて本件山林を宅地造成した上で売却し、その利益を同人と折半することとなったこと、そこで被告人は右保安林指定の解除を得るため関係官庁と種々折衝し、迂余曲折を経てようやく昭和四一年三月には右申請許可の見通しとなったが、右許可を得るための附帯工事条件を履行するため、これに必要な資金の提供方を、その頃設立された菱和不動産株式会社の代表取締役である右中尾に要請したところ、同人は言を左右にしてこれに応じなかったため、結局右申請は取下げざるをえないこととなって前記計画は挫折し、その後昭和四九年一〇月一五日、本件山林は、これを取得するための資金借り入れに際し設定した抵当権に基き競売に付され、被告人はその所有権を失うに至ったこと、そしてこの間被告人はこれに関連して右山林買受けのための借入金利子、登記手数料、宅地造成設計費及び出願費、境界明示、管理費、訴訟及び弁護士費用等に多額の金員を支出し、その一部は昭和四四年及び同四五年中に支出されていることがそれぞれ認められる。

しかしながらある行為が所得税法上の「事業」というためには、それが営利を目的とするものである外、反覆、継続的なものであることを要すると解すべきところ、前記各証拠によれば、被告人はもともと右山林を造成して売却する目的で取得したものではなく、これを企画したのは本件一回限りであり、また右山林を宅地に造成した後は、これを被告人らにおいて設立した会社に一括して譲渡し、その売却処分は同会社において行うことが予定されており、また、被告人自身は不動産の売買、仲介等を業として行うために必要な宅地建物取引業法上の登録、免許、取引主任者の設置等の手続はしていなかったことが認められ、これらの点からすると被告人の前記一連の行為は反覆、継続的なものとは認められず、「事業」に当るものということはできない。従ってこれに該当することを前提として、前記諸費用はその「必要経費」であるとする被告人らの前記主張は採用することができない。

3  被告人は捜査段階においては、昭和四五年末における被告人の菊屋興産に対する貸付金残高は一六〇万円であると述べ(被告人の検察官に対する昭和四八年三月一四日付、同一五日付各供述調書及び大蔵事務官の被告人に対する昭和四六年一二月二〇日付質問てん末書)、また同年中菊屋興産から受領した貸付金利息は八〇〇万円乃至七七〇万円であり、そのうちの半分である三八五万円を被告人において取得した旨述べており(被告人の検察官に対する昭和四八年三月一五日付供述調書)、検察官冒頭陳述書添付の昭和四五年脱税額計算書中、事業所得修正損益計算書においては、それらの金額がそれぞれ貸倒損、あるいは貸付金利息として計上されているのであるが、被告人は当公判廷において前記被告人らの主張3のとおりこれを争うものである。しかしながら公判段階において被告人が作成した陳述書(三)においては、昭和四五年中の同社に対する被告人及びその父の貸付金額は六九一〇万円(内被告人の貸付額一九一〇万円)、元本回収額は一七〇〇万円(内被告人の貸付分二〇〇万円)、受取利息六九二万円(内被告人貸付分五七万円)であるとしながら、その後被告人の作成した昭和五六年二月六日付「菊屋興産株式会社(現淀産業)に対する融資明細表」においては貸付金総額は六二八三万円、回収元本一七〇〇万円、貸倒損金四五八三万円、受取利息五二九万円とする外、貸付年月日、貸付金元本、貸付期間、約定支払日、受取利息等についても両者はかなり齟齬している上、被告人は第五八回公判期日において、弁護人の「検察庁において被告人は昭和四五年一二月九日に貸付けた一六〇万円は自分の金だが、それ以外はすべて父の金だと述べているが」との問に対し、「私は昭和四五年一二月初旬に父から贈与を受けており、菊屋興産に貸付けた金はすべて私の金です」と答え、更に弁護人の「被告人作成にかかる陳述書(三)の中に、この金は自分の金だと区分けしているくだりがあるが」との問に対しては、「それは利息のことです。元本の贈与を受けても利息まで贈与を受けることは厚かましいので、利息についてはほとんど父に渡していました」と右陳述書と異る供述をし、更に第五九回公判期日においては、亡父から贈与を受けた債権額は全部ではなく焦げつき分二五〇〇万円位である旨供述するなど、その供述は前後一貫せず、これらを第二五回公判調書中証人土田撻三郎の供述部分、同人の検察官に対する供述調書及び証人増谷悦子に対する当裁判所の尋問調書と対比して検討すると、被告人の右公判段階における供述は、単にその数額等の点についてのみならず、債権の帰属等の点についても措信することができず、むしろ右土田の検察官に対する供述調書及び被告人の検察官に対する前記供述調書の方が措信しうるものと認め、右貸倒損金及び貸付金利息については検察官主張のとおりの数額を認定した。

4  被告人の検察官に対する昭和四八年三月一五日付供述調書によれば、被告人は昭和四五年中西川信次郎に金を貸し、その利息として合計四〇万円を受領したことを認めているのであるが、当公判廷においては一貫してこれを否認しており、第二四回公判調書中証人西川信次郎の供述部分によっても右貸借及び利息受取りの事実は必ずしも明確なものとは認め難いのでこの点についての被告人らの主張を採用し、右金額は昭和四五年の事業所得(貸付金利息収入)から除くこととする。

5  被告人は捜査段階においては、昭和四五年中顧問弁護士に支払った費用は一二万円であるとしていたところ、当公判廷において前記6の主張をするに至ったものであるが、証人光辻敦馬の当公判廷における供述によれば、前記主張金額中一〇〇万円については同年一二月末ころ前記菊屋興産に対する破産申立事件着手金として支払った事実が認められるので右限度で被告人の主張を採用し、昭和四五年中の弁護士費用に右一〇〇万円を加えることとした。

以上のとおり、弁護人らの主張を右限度で認容した結果、検察官の主張する被告人の昭和四四年分の所得中、事業所得(貸付金利息)から一三万二〇〇〇円を、また昭和四五年分の所得中、事業所得(謝礼金収入)から三一九万五〇〇〇円、(貸付金利息)から四四万八〇〇〇円をそれぞれ差引き、昭和四五年の事業所得(弁護士費用)に一〇〇万円を加え、各年分の所得金額を判示のとおり認定した。なお税額計算書は別紙のとおりである。

(法令の適用)

罰条

いずれも所得税法二三八条一項、一二〇条一項三号(懲役刑と罰金刑の併科)

併合罪

懲役刑につき

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重)

罰金刑につき

同法四五条前段、四八条二項

労役場留置

同法一八条

懲役刑の執行猶予

同法二五条一項

訴訟費用

刑訴法一八一条一項本文

(検察官森川正章出席)

(裁判官 近藤道夫)

別紙

税額計算書

〈省略〉

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